YAMAHA INTERVIEW SERIES No.35
ヤマハ・フルート対談


フランスにいて思う 「自分と笛」

《 仏と日本で活躍する二人のフルート対談 in パリ 》 抜粋



工藤雅子×瀬尾和紀

●Masako Kudo (フルート奏者)

●Kazunori Seo (フルート奏者)


司会=野村 徹(ヤマハ・フランクフルト・アトリエ)  


野村(ヤマハ・フランクフルト・アトリエ) お二人ともフランスに長く住んでいらっしゃる事から、 演奏面も含めてご自分における 「フランス的」 なもの、 あるいはフランスからの影響など、 その辺りからお話頂ければと思います。

工藤 ランパル、 マリオンの両先生に習いましたから、 私の演奏はたしかにフランス的だとは思います。 「日本人がフランスの伝統を理解出来るのか?」 という人もいますが、 出来ないと思わずにフランスの伝統を日本人として消化し、 日本人としてそれを伝えてたい。 伝統というよりエッセンスを伝えたい、 ということでしょうか。 外国人だからこそ、 その国の良いところだけを吸収できるとも思っていますから。

瀬尾 僕も同意見ですね。 フランスのいいところだけに接しながら生活していますが、 日本人である以上、 ものの考え方までフランス的になっているとは思わない。 ただ、 まわりを気にせず、 自分のありのままの姿でいられるのは心地いいです。 その辺が日本の環境との大きな違いかもしれない。

フランス的なるもの

工藤 フランス的といえば、 こっちに来て一番驚いたのは、 オーケストラの音が違うってこと。 日本でよく聴いたドイツ風の、 弦楽器のしっかりした音の土台の上に管楽器が載っているというのとは違い、 フランスのオケは、 オーケストラの上に虹のように管楽器のきれいな音がかぶさって聞こえる。 初めて聴いたときは本当に感動しました。
フランス語がそうですけど、 透明で明晰で論理的、私にとってのフランス的イメージはそういったものですね。 それに光。 ところが、明るさには必ず影が伴う。 プーランクのフルートソナタなんてその最たるものじゃないかしら。

野村 工藤さんがよく演奏なさる曲。

工藤 でも難しい、 私には。とくに第1楽章の出だし。 メランコリーの中に光や透明さをイメージさせないといけないでしょ。

瀬尾 第2楽章も僕には難しい。第3楽章は、 方向性を決めればスムーズに流れますね。

工藤 でも、 第1楽章の最初の4小節、あるいは8小節の演奏で、 その後の雰囲気がきまってしまうでしょ。

瀬尾 そうですね。 プーランク独特の明るさ、 エスプリをきかせながら影までも表現するというのはすごく難しい。 何度挑戦しても失敗の繰り返しです。(笑)

野村 シューベルトなどは、 また違ったアプローチの仕方で?

工藤 この曲は歌がベースにあり、 なんと言ってもシューベルトは歌曲が素晴らしいですからね。

瀬尾 シューベルトのこの曲では、 バリエーションに入ってからもともとの歌のオリジナリティが損なわれてしまうような演奏をたまに耳にします。 あまりにテーマを遅く演奏してしまったりとか、 アンダンテの序奏からテーマに入ったとき、若干速くすべきところが逆に遅くなったりとか。

野村 フルート的な視点からだけで曲にアプローチすると、 そうなり得る?

瀬尾 そうですね。先ほど工藤さんがおっしゃったプーランクのソナタの出だしの五つの音、「ミシソシミ」でも、 日本人などとくに最初の音にテヌートをつけて「ミーシソシミ」 とかついやりがちで、それが音楽的だと勘違いしている人もいます。 でもプーランクは、どこにもそんなテヌートを書いていない。 書いてあるのと無いのでは明らかにそれぞれキャラクターが違うものになってしまう。

工藤 シューベルトのバリエーションのテンポだけど、 一言で言いきれない所がありますよね。やはり、 大事なのは、 シューベルトの歌心が生きてくるようなテンポを見つける、 ということかな。 ついフルート的な理由で解決しようとしがちだけと、 それではいけない。 かと言って、 歌のように流れてしまったら演奏できないところもある。 アンダンティーノにしても、 シューベルトがアンダンティーノと指示したピアノ曲をみると、 ノスタルジーやメランコリーの漂う、 ゆったりした音楽ですよね。 こうしたことをどう繰り合わせていくか? あまり分析しすぎずに、 聞き手の立場になって考えると分かってくる事もある。

野村 いずれにしろ 、他の楽器を聴いて学ぶ事は大切ですね。

他の楽器に学ぶこと


工藤 私はフルートを聴くのも好きですけど、 他の楽器を聴くのも大好きです。 弦楽器も好きでよく聴きますが、 弦の曲をフルートでやろうとして、 弦楽器特有の深い音をつい真似したくなるけど、 フルートでそれをすると音が損なわれるだけでなく、 音楽も崩れてしまう。 それが怖いから、 逆に原曲の演奏から距離をおくということもあるんです。

瀬尾 僕はピアノが好きでよく弾くんですが、 とくに曲の構成が和声感を通して目に見えるように良く分かる。 それはデスクワークでのアナリーゼとは違います。 フルートは単音しか出せませんが、 例えば一つの音を伸ばしている間に和声が変化している場合 、どう表現するかは、 いつも意識する事ですね。 
僕はあるとき、 音楽の感じ方や表現の方向性が自分なりにぱっと見えてきた時期があって、 それ以降は、 他の人のCDなどをあまり聴かなくなった時期もありました。 他人の演奏を受け入れないという事じゃなく 、聴くと欲求不満が出てくるんですよね。

工藤 わかる。 自分の音楽が固まってくると、 とう聴いても、 「それしかない」と思ってしまう。 教えるときでも、 それしか教えられなくなってしまう。 でも、最近はいろんな音楽の作り方の良さがわかってきたかな。 歳のせい?(笑)

野村 とくに好きなフルーティストなり演奏家というのはいらっしゃいますか?

瀬尾 よく聞かれますけど、 曲によって良いと思う演奏家はいても、 この人が好きというのはなかなか。

工藤 誰それのここが好き、 とは言えますけどね。 でも、私の基本になっているのはランパル先生。 ランパル先生のフルートだけで育ってきたから、 好き嫌いを超えて、 すべて受け入れてしまうのね。 速く吹いてしまったりして時にスタイルが崩れても、 「お父さんなんだからしょうがない」 と(笑)。 一種のファン心理。

瀬尾 僕はパトリック・ガロワの下で勉強し、 その影響を受けていますけど、 習っている間ファン心理的に彼を聴いたり、 真似ようと思ったりしました。 本人の意図を見ずに、 結果だけを真似ようとした事もあったんですけど、 ガロワの下を離れてしばらくしたある日、彼が考えていた演奏の根拠みたいなものがすべて見えてきたんですよ。 そのとき初めて、 自分の音楽をどう表現するかということを僕なりにできるようになった。 そうなると、 「あ、ここはちょっと僕とは違うな」という部分も聴こえて来るんですね。

工藤 3年前にランパル先生が亡くなったでしょ。私はあの時初めて、 「これからは自分でやらなきゃ」と思ったんです。

人の演奏を聴く!


野村 お二人ともアラン・マリオンにも師事されてますよね。

工藤 はい。 今思うのは、 マリオン先生もランパル先生も、 クラスを和気あいあいとした雰囲気にもっていく努力をされていたと思うんです。 生徒同士に競争心が生まれて、 それが嫉妬心に変わるときがあるでしょ。 そういう時、 ランパル先生はそのエネルギーを自分の演奏に向けるようにいつも言ってらした。

瀬尾 その話は僕も聞いてます。 マリオン先生も生徒に平等に接する事を心がけていましたね。

野村 グループレッスンというのも、 フランスの音楽院の大きな特徴のようですけど。

工藤 同じ曲をみんなで聴き合いながらやると、 格段にうまくなります。 面白いもので、 10人なら10人、 全部ちがう演奏になるのね。 マリオン先生が「必ず最後まで聴きなさい」 と言った意味がとてもよく分かった。 

瀬尾 日本からの留学生の中には、人の演奏を聴かない子が最近多くなりました。レッスンも聴講しないし、パリ音楽院の卒業試験すらあまり聴きに行かない。自分のレッスンだけで満足して、 あとは友達と食事したりとか遊んだりとか・・・それはそれでいいんですけど、 自分よりレベルの高い世界に飛び込んで積極的に聴いたりしないと、 その人の意識レベルはずっと変わりません。 自分と同レベルの中から抜け出そうという強い力が感じられない子が、 最近はとくに多い感じがします。

工藤 日本の音大を出てこちらに来る人は、 いわば「完全包装」にくるまれて来るようなもので、 1年ぐらいではなかなか変わりません。 こちらがその包装を破ってあげたりすると、 自分が期待していたレッスンと違って、 そのギャップに戸惑ったりする。
どういうことかと言うと、 フレージングや音楽の基本的なことを一つ一つチェックしていく。 そして、 メトロノームを使う。 指が出来なかったところを絶対に出来るようにする。 ベビーシッター的なレッスンだけれど、 でもそれが必要なことが多いんです。 そこを乗り越えれば、 練習が辛くなくなるし、 音楽をする快感も味わえるわけですよ。 笛で出来ない場合は、 笛を一度置いて、 どうしたら出来るようになるかを考えさせたり。

瀬尾 それは僕もいつもやらせることですね。

工藤 声で歌ってみるとか、 それってとても大事な方法なのね。

工藤 話が逸れるけど、 瀬尾さんはフルートの 「音」 についてどんなことを考えていらっしゃる? 私は今、 音楽というのは結局音かなと思って、 いま音のことばかりかんがえているんだけど。

楽器に求めるもの


瀬尾 楽器を出して吹きはじめるようなときは、 基本的に 「真っ白」 で質の良い音が出るように心がけてますね。 絶対にヴィブラートをかけた音なんかでは練習しない。 良い響きでまっすぐな音が出せる事。 それをベースにして、 色や変化を付けていけるわけでしょう。

工藤 私も、 フルートの一番きれいな素の音というものにすごく興味がある。 もう一つ聞いてみたいのは、 楽器の音量のこと。 大きな音が出せる楽器をみんなが求め、 メーカーもそういう楽器を開発している。 私も時々、 笛吹きとして大きな音で吹いてみたいと思うこともあります。 でも、 ソナタなどを吹いて大音量を出す事って、 一つの楽章に1回くらいしかないわけでしょ。 その辺はいかが?

瀬尾 ある程度、 音量の幅を持つ楽器が必要なのはもちろんですが、 自分としては音量で変えようと思うより、 音質で変えようと思うことのほうが大きいですね。 でないと、 どうしても無理しがちになりますし。

工藤 エマニュエル・パユなんか、 フォルテシモからピアニッシモまでのそれぞれのダイナミクスをきちんと吹き分けてすばらしい演奏をしている。 でも 楽器によっては、 フォルテシモとフォルテ、 あるいはピアノとメゾピアノの間がつながらず、 段差が出来てしまうようなものもあるでしょ。

野村 ピアノとメゾピアノの変化を微妙につけられるような楽器は、 それだけ反応が良く繊細な楽器ですから、 逆にコントロールはそれだけ難しくなると思います。 そういう楽器は、 だれもが吹ける楽器じゃないかも知れません。

瀬尾 ピアニシモは、 鳴る楽器ほど出しずらくなりますよね。 それを限りなくコントロール出来る笛吹きがパユだと思うけど 、その点で彼のような人はこれからもなかなか出ないかも知れない。 僕自身は、 よく響く楽器であればそれで充分だと思っています。 工藤さんは楽器についてどう考えていらっしゃいますか?

工藤 私なりにもっと表現しやすい楽器を、 と始終探してきたんです。 最初からずっとヘインズを使っていましたが、 今はヤマハのこの楽器(YFL-99A、C足部管、管体=14K金製、キー=銀製)に愛情を注いでいます。  私は、吹きやすさよりも、 人に聴いてもらって 「あなたにぴったり」 といわれたものを選ぶようにしているんです。 最初、 鳴らないと思ったヘインズも吹けるようになったわけだし。 ヤマハのこの笛も愛情を注いで吹いてきたら、 今は本当にしっくりと合うようになった。

瀬尾 僕も、 最初はコントロールが楽で音色の変化もうけやすい楽器で初め、 その後、 コンクールや大きめなホールで吹くときにも柔軟に対応できるものを、 と楽器を変えたんですが、 やはりピアニシモや音色の変化を出すのは前の楽器よりも難しくなった。 しかしそこは自分でカバーするしかないと思って。

工藤 大きなホールでの音色の変化って、 それなりに大きな変化が出ないとダメでしょ。

瀬尾 鳴る楽器ほど、 そうした変化の幅も広くなりますね。 一般的には金の楽器の方が変化がつけにくいといわれますけど、 私にあった、 金でも変化のつけやすい楽器がヤマハから出来てきて、 それはとても可能性を感じていますので、 吹いてみているところです。

工藤 私はやはり、 金のあのピッと通るような音が好き。 銀ほど音色の変化が出にくくても、 金を吹きたいと思うのかもしれない。 でも、 音色の変化は自分の音楽のすべてだと思ってるんですけどね。

瀬尾 繊細な音を求めていくタイプと、 鳴る楽器、 吹きやすい楽器で音色の変化を求めるタイプと、 フルーティストは二つのタイプに分かれるような気もします。

工藤 面白いもので、 きれいじゃない音でバリバリ吹く人でも、 何分か聴くと慣れてくる。 音楽が良ければいいじゃない、 となる。

瀬尾 フランスでは小さなコンクールでもそんな人を評価します。 フルートの音よりも、 表現のしっかりした人の方が評価される。

工藤 いつもきれいな音ばかりだと感動が薄れてしまう。

瀬尾 気取らない音があるからこそ、 きれいな音が映えるんじゃないですか。 いろんな音があっていいと思いますけど。

工藤 あの人の音きれいだ、 真似てみたいと思って、 同じ楽器を選んでも、 同じ音はしないんですよね(笑)。 結局、楽器ってその人の体の一部だから。

野村 私たちメーカーも皆さんのイメージをロスなくお客さんに伝えられるような楽器を作りたいと思っています。今日は面白いお話をありがとうございました。

(パイパーズ2003年7月号No.263)より抜粋

 

瀬尾和紀 (せお・かずのり)

北九州出身。 10才からフルートを始め、91年渡仏。 98年パリ国立高等音楽院を満場一致の一等賞で卒業。第1回ニールセン国際コンクール2位、第5回ランパル国際コンクール1位なし2位。第3回ジャン・フランセ国際コンクール1位。第8回日本フルートコンベンションコンクール、第3回日本フルートコンクールびわ湖各1位。現在、パリと日本を往復し、ソロ活動や録音に多忙。NAXOS(ホフマンのフルート協奏曲集/世界初録音)エラート(シランクス)からCDもリリースされている。

 

 

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